江戸時代、大商人が大坂の米相場を数時間以内に江戸で知るために、東海道沿いに何百箇所もの手旗信号基地を設けたそうだ、幕府はこれを禁止したので、次にのろしを使用した、しかしそれも禁止になったので、伝書鳩を使ったら、幕府は伝書鳩を襲うハヤブサを放ったという。だれかこの話を映画化してくれ
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急に電話してくるなよ!今電車なんだよ。 ・・・あ?暴走してる?まじで?やばいだろ。 皆に迷惑かける前にとりあえず子を殺せよ。 あーでも、親ごと殺しとけばいいよ。その方が楽だから。 被害が拡大する前にまず止めろ。早く殺しとけ。
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しかし逆に「26%ものお客が支払ってくれた」と考えてみたらどうでしょうか。クウェジット利用者の大半は、クレジットカードも銀行口座も持たない低年齢層が中心。つまり本来ならば、メーカーにとっては絶対にお客になり得なかったはずの層です。また徴収率26%ということは「100円の商品を26円に値引きして売った」のと実質的には同じことですが、ゲームのアイテムなら原価は0円ですから、とにかく売れさえすればメーカーはちゃんと利益を得ることができます。「本来1円も払ってくれないはずの層からお金を徴収できるのなら、たとえ74%OFFでもいい!」と賛同するメーカーは少なくないのではないでしょうか。
1999年末に、最初のデジカメを買った。ソニーのCybershot F55K。意識的に写真を撮り始めてからだいたい10年たったことになる。これまで撮った写真で手元にあるのはだいたい4テラバイト。枚数は不明だけど、一日平均200枚撮ったとすると、一年で70000枚。十年で70万枚か。たぶん50万枚くらいだろうか。
ビューアーソフトの性能が向上したので、HDの中の大量の写真を見返すのがずいぶん楽になった。フォルダ内のRawを直接ダブルクリックして高速に表示できるPicasaフォトビューアーが今のところ最強。それでも、3年分を見返すのに数ヶ月はかかる。
ときどき自分の写真を見返したくなる。ただ、数が膨大なので心理的におっくうだ。整理してない冷蔵庫の野菜室とか未読のメールフォルダみたいないやな感じ。
で、何年か前に撮った写真を開いてみてみると、くそくだらなくてイヤになる。機械的に数をこなすようにシャッター切ってるんじゃないかってくらいひどい。それは撮ってるときも感じてることで、なんでこんなくだらないことをやってるんだというウツな気分を思い出してさらにウツになる。
だが、写真を撮る以外にすることもないから、逃避でやっているわけで、そんなんでいい写真が撮れるわけもない。いい写真撮ろうとも思ってないけど。
ただ、確率の問題で、大量にシャッターを切れば、どんな間抜けでも一枚くらいはいい写真が撮れるのも事実だ。ぼくの場合は、だいたい1000枚に一枚くらい使えそうなのがある。使えるったって、なんに使うんだって感じだけど。こういう確率の冷厳さというのは嫌いじゃない。才能とか努力とか運とか無関係に1000枚に一枚はいいのが撮れる。ただ単にそれだけのことで、そのレートを上げようとあがいても無駄だと思ってる。
で、うんざりしながらPicasa フォトビュアーで写真をブラウズしていくと、ときどきいいのがあってそれをLightroomで現像していろいろ調整してtumblrにアップしたりする。いいなと思う写真を見ているとだんだん気分がよくなってきて、調子に乗ってどんどんブラウズ、現像を続けて一日8時間くらい費やしてしまう。
一日8時間くらい現像してると、tumblrのアップロード上限の75枚に引っかかるので、そこで終了して寝たり写真撮りに行ったりする。tumblrの制限とかでこれ以上アップできないってときは、なんでか写真をブラウズしたり現像したりする気が起きない。
HDのダンジョンあるいはゴミ箱の中をかきまわして、くず写真を見るというのは、かなり内面的というかプライベートな行為なんだけど、それをネットにアップするというパブリックにさらすという行為が直結してる感じは、今さらながら新鮮というかtumblrならでは、という気がした。これまでもウェブとかに写真をアップしてきたんだけど、html書いてFTPするってのはやっぱり手間で、それよりなにより、一日に一回とか無意味に日付に区切られてしまう。tumblrに連投して感じたのは、なんかストリーミングしてるみたいだな、ということ。日記とかじゃなくて。延々となにかが連続していく感じ。followされてる人のダッシュボードに侵攻してる感じもあったし。ぼくにとって、これまでにない写真との関わり方だと思った。
やっぱり、写真を見返すのは重要で、極論すれば撮ることより見ることのほうが重要だと感じた。いろいろ思ったこと、発見したこと、感じたことはあるけど、全部忘れた。twitterとかにメモ的に書いたりはしたけど、言葉にすると当たり前のことばかりだ。写真見てると、いろんな意味で3年というのは一区切りだと思った。3年前の写真はやっぱり今とは考え方とか撮り方とかが違っていて、極端に言うと別人みたい。3年つまりだいたい1000日ってのは、誰にとっても変化が一巡りする時間なのかもしれない。高野山かなんかで1000日にわたる行があるらしくて、そうだろな、と思った。
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